新入社員で入社式の後に行われるのは合宿形式の新入社員研修だった。全国で2,000名もの採用を行った新入社員が一同に集められることになるのだが、2,000名ともなればひとつの市区町村単位の人数である。
それを40名単位の50班に振り分けた名簿と部屋割りがまず配られた。矢吹はなぜか29班の「班長」と記されていた。班長の主なミッションは「呑み会のセッティング」である。あとは連絡係と雑用。
29班の中で矢吹は運命的な出会い・再会をする。
・お嬢:矢吹の小学校時代の同級生。なんの前触れも予告もなく教壇で配布物を配っているときに再会。後に同期の蔵王スキー旅行の一本目で自分の履いた板のテールで後頭部をさっくり切ってしまい雪面を血で染めることになる。
・滑落君:後に矢吹のふたつ上の上司になる。スキー・車・バイク・女性と趣味がかぶり、あらゆるところで張り合うことになる。はからずも穴兄弟でもある。
・歴史君:後に矢吹の妻になる女性の高校時代の同級生。後に矢吹の後輩に当たる都立豊多摩高校出身の女性と結婚することになる。豊多摩高校は矢吹が落ちて元々で受験した早稲田・慶応が残念な結果になった場合に進学する予定であった高校であり、中学時代の親友中日と、後に矢吹の彼女を2名輩出することになる縁深い学校である。
歴史が大好きで歴史上の出来事の経緯、年号、有名武将の家計図に至るまで全てインプットされていた。物覚えが異常に良く、矢吹の彼女になった女性の変遷をすべて暗記している。絶対敵に回したくない人間の1人だ。
・大食君:マイペースを絵に描いたような男。茅ヶ崎の中華食堂で超大盛り一升炒飯早食いレコードを有する。BBQや鍋パーティでは残飯が出なくて非常に重宝する。矢吹と対等に呑める数少ない酒豪の1人でもある。意外とストイックでマラソンが趣味でホノルルマラソンに出場経験を持つ。
このうち、滑落君、歴史君、大食君、矢吹の4人はありとあらゆる研修中の授業で
「何やってんだかわっかんねー」
「ちょっと頭の中真っ白なんスけど?」
「過去問題とかないのかな?」
「ノート見せてください。」
研修終了後すぐに研究室行きが確定している大学院卒業の優秀な人材がゴロゴロしている研修生の中で頼れそうな人間には片っ端からすがった。あっけなく彼らはひとまとめに
「バカ4(フォー)」「オヴァカカルテット」
と命名された。
導入研修はできる者と出来ない者をよりわける研修ではなく、見知らぬ集団に属し、難題を与えられたときに集団に対しどのような役割を果たすかをじっくりと見定める研修であったようだ。
その研修が終わる間際全体講和で
「わが社はこれから来るべくIT社会の中核事業を担う会社となる。これからは会社は戦国時代を迎える。我々とて安泰ではない。生き延びるためには我々は激しく自己変革せねばならない。これから諸君が着任する組織の変革を担うのは君たち1人1人である。現場でおかしいと思うことがあれば、自分の考えとして押し殺すのではなく是非上司に訴えでてみて欲しい。いままでエリートとして歩んできた者と対話してほしい。支店長と話す機会があれば支店長と話してほしい。諸君はわが社の次世代をになう社員として選ばれた人間だ。会社は諸君の力を欲しているのだ。」
思わず「ジーク・ジオン!」と叫びそうになってしまうほどの熱の入った演説であった。人の言葉を鵜呑みにしやすい矢吹の頭は一気に熱が入り洗脳された。
「俺がやらねば誰がやる!」
本当に洗脳されやすい男である。生まれる国を間違えなくて本当に良かったと思う。
その後に行われた着任先の辞令交付は、「お楽しみ抽選会」のようであった。矢吹は東京フランチャイズであったので都心がいいなあと漠然と思っていた。人事担当から拝命されたのは、なんと
「東京中央支店」だった!
銀座・日本橋・萱場町等を抱える日本屈指の花形支店である。周囲のものは感嘆と嫉妬の入り混じった声で矢吹を迎え、矢吹は狂喜した。
矢吹はここ一番の引きの強さを持っていた。
「で・どこの営業所のなの?」
「営業所って?」
「辞令書に書いてあるだろ?」
「晴海…営業所…??」
「どこそれ?」
「海じゃん」
「あの辺電車通ってるの?最寄り駅ってどこよ?」
「昼休みバーベキューできるじゃん!いいなあ毎日がレジャー!」
「直下型地震と同時に終わるな。ご愁傷様。」
「局舎の耐震構造って結構すごいらしいぜ。耐えるかもよ?」
「でも地盤沈下したら海の中だぞ?」
矢吹はここ一番で自らの身体を張って笑いをとった。
矢吹の着任先は通用門から出てすぐ海。埠頭のはずれにポツンと建つ潮の香りに包まれた晴海営業所だった。東京都で間違いなく最も海に近い職場だった。
【続く】
- 2012/01/30(月) 22:18:46|
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